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Interview01親子社員

親から子に受け継がれる想いと
未来へのエール

荒木 雄喜

2025年入社 試作部試作課

いすゞ高工訓練生

神奈川県立神奈川総合産業高等学校卒

荒木 輝久

1993年入社 車体製造部工務G

光明学園相模原高等学校卒

父の背中に憧れて
ものづくりの道を決意

輝久(父)私が入社したのは、いすゞになる前の車体工業でした。工場見学のとき、指導者の方がとても気さくで、社員の人柄やアットホームな雰囲気に惹かれて入社を決めました。いすゞに統合されるときには少し不安もありましたが、変わらず朗らかな雰囲気で安心したのを覚えています。
最初に配属されたのは車体課で、塑性加工(板金)を担当していました。いわゆる職人仕事ですね。その後工務グループに移り、現在はIMや手順書、チームリーダー教育などを行う指導者を務めています。

雄喜(子)子どものころ、DIYを趣味とする父が図面を引いている姿を、そばでよく見守っていました。算数で図形の授業が始まったときも、コンパスの使い方や立体的な考え方を教えてくれたのは父でした。

輝久仕事でも教える立場だったので、日常生活の中でも勉強を教えながら、自然と仕事の話をしていたのかもしれませんね。

雄喜ものづくりが好きだった私にとって、決定的な出来事は父が近所の人の凹んだ車を修理したことでした。「ものを生み出す」だけでなく、「あるものを元に戻す」技術も、ものづくりなんだと気づき、とてもかっこいいと思いました。それで、神奈川県で唯一の総合産業科がある高校に進学。旋盤や溶接、自動車の仕組みなどを幅広く学びました。

輝久親としては「よく自分で考えて選択しているな」と感心していました。うちは親が口出ししない方針ですから、やりたいことを実現するために自分で考え、いすゞへの就職も自分で見学して決めていました。私はただアドバイスをしただけです。

雄喜実は見学の際に少し手違いがあったのですが、それでも丁寧に対応してくれたことが印象的でした。そのときに感じたウェルカムな雰囲気が決め手で、「ここで働きたい」と思いました。

学び続ける姿勢で
技術を次世代へ

雄喜父が海外赴任をしているのも、子ども心にすごいなと思っていました。世界レベルで通用する技術を持ち、海外でそれを伝承している。今は自分も、技術にそのくらいの自信と誇りを持てるようになりたいと思っています。

輝久インドネシアに新しい工場を立ち上げることになり、技術指導で8ヶ月間赴任しました。言葉は通じなくても「どうにか伝えよう」と必死でした。半分でも伝わればと全力で取り組んだ経験は大きな自信になりました。今も若手を指導する際につい熱が入ってしまいます。思いがけない機会でしたが、挑戦してよかったと思いますね。だからこそ、どんなチャンスも一度はつかんで経験してほしいと思います。

雄喜私は板金をやりたくて入社しましたが、技能五輪への挑戦は当初は考えていませんでした。けれども実際に大会会場を見に行くと、挑みたい気持ちが湧いてきました。全国から集まった選手の中で一番の腕を競う場。1位の金メダル目指して誰よりもうまくなりたいと決心しました。父が同じ会社にいることで、相談できたり、悩みを理解してもらえたりするのも心強かったです。

輝久候補に挙がるほど認められているのなら、それはチャンスだと話しました。たとえ挫折しても、挑戦すること自体が学びです。私も教える立場ですが、相手や内容が変われば常に新しい学びがあります。お互い、これからも学び続けたいと思っています。

雄喜今は金メダルを取ることが目標ですが、その後は自分も父のように自分の技能を後輩につなげていきたいと思っています。